大阪中心・関西のグルメ、お出かけ情報などお届けしています。
今回は気まぐれにお届けするパワースポット情報です。
河内大塚山古墳
河内大塚山古墳は河内松原から大和高田線を藤井寺に向かって(このローカル感(≧▽≦))
走っていくと表示が見えます。

大塚山古墳前の標識。こっち~という矢印。ここから結構すぐです。
実は前方後円墳
かの有名な仁徳天皇陵と同じですね!

Wikipedia情報ですが、実際の被葬者は明らかでなく、宮内庁により「大塚陵墓参考地」(被葬候補者:第21代雄略天皇)として陵墓参考地に治定されているそうです。
でも仁徳天皇陵と同じ形ということはそれに匹敵する身分の方と考えるのが自然かな?
大きさが第5位だそうだし!
でも実は仁徳天皇陵も実際の被葬者は明らかではないようです。
いずれにせよ身分の高い方だと考えられますよね。お墓だとしたら・・・
神秘的だなぁ。
由緒書


未完成説も唱えられているらしい。とにかく資料が少ないということか。
古市古墳群の一つとされてはいるけど、百舌鳥古墳群と古市古墳群のおよそ中間地点で最も西寄りの離れた場所になるそうです。なので、古市古墳群に該当しないという見方もあるため、世界文化遺産となった両古墳群のリスト等には含まれていないらしい。でも大阪みどりの百選に選定されているそうな。
これもWikipedia情報(^3^♪
途中、住宅街に入ってしまいますが、けっこうぐるりを歩けます。

お堀に鳥さんがいっぱい


見ていたら、けっこう寄ってきてくれます。人懐っこいのかな。

正面の正反対がわ

水面も静か

少し物悲しいところもあり。古墳ってそういうところあるよね。

正面に近い側は道路も散歩道風に整備されているんだけど

いいお散歩コースですわ。

大きすぎて前方後円墳とわかりづらい。

正面に戻りました。
今回は気まぐれにお届けするパワースポット情報です。
河内大塚山古墳
河内大塚山古墳は河内松原から大和高田線を藤井寺に向かって(このローカル感(≧▽≦))
走っていくと表示が見えます。

大塚山古墳前の標識。こっち~という矢印。ここから結構すぐです。
実は前方後円墳
かの有名な仁徳天皇陵と同じですね!

Wikipedia情報ですが、実際の被葬者は明らかでなく、宮内庁により「大塚陵墓参考地」(被葬候補者:第21代雄略天皇)として陵墓参考地に治定されているそうです。
でも仁徳天皇陵と同じ形ということはそれに匹敵する身分の方と考えるのが自然かな?
大きさが第5位だそうだし!
でも実は仁徳天皇陵も実際の被葬者は明らかではないようです。
いずれにせよ身分の高い方だと考えられますよね。お墓だとしたら・・・
神秘的だなぁ。
由緒書


未完成説も唱えられているらしい。とにかく資料が少ないということか。
古市古墳群の一つとされてはいるけど、百舌鳥古墳群と古市古墳群のおよそ中間地点で最も西寄りの離れた場所になるそうです。なので、古市古墳群に該当しないという見方もあるため、世界文化遺産となった両古墳群のリスト等には含まれていないらしい。でも大阪みどりの百選に選定されているそうな。
これもWikipedia情報(^3^♪
途中、住宅街に入ってしまいますが、けっこうぐるりを歩けます。

お堀に鳥さんがいっぱい


見ていたら、けっこう寄ってきてくれます。人懐っこいのかな。

正面の正反対がわ

水面も静か

少し物悲しいところもあり。古墳ってそういうところあるよね。

正面に近い側は道路も散歩道風に整備されているんだけど

いいお散歩コースですわ。

大きすぎて前方後円墳とわかりづらい。

正面に戻りました。
古墳の最高所(後円部)には、氏神として天満宮(大塚社)も祀られていたそうです。
ちなみに被葬者が埋葬されているのは後円部なんですって。
大正時代位までは古墳内に人が住んでいたようなのですが、政府が大塚山古墳を皇室のお墓として陵墓参考地に決定したので立ち退きになったそうです。どのへんに住んではったんやろう。
昭和初期までは自由に立ち入りできたんですって!
年一くらいで開放とかしてくれないのかな。
ちなみに被葬者が埋葬されているのは後円部なんですって。
大正時代位までは古墳内に人が住んでいたようなのですが、政府が大塚山古墳を皇室のお墓として陵墓参考地に決定したので立ち退きになったそうです。どのへんに住んではったんやろう。
昭和初期までは自由に立ち入りできたんですって!
年一くらいで開放とかしてくれないのかな。